私は偉い、と思っているだけ(表面で思おうと、潜在的に思おうと)その人はそれだけ低くおちている。本当の偉い人は、偉いとも偉くないとも思わず、サラサラとしているものだ。ー五井先生

自信を持つことの意味を間違えていることが多いように思います。
文字のとおり、自分を信じる、すなわち自分の中の神性を信じ従うことではないでしょうか?
本当の自信は、誇り高く生きること、武士道に通じると思います。
エセの傲慢、エゴではない。
体感としては清らかで軽やかでサラサラしていながら畏怖を抱く強さ。

自信についてとても分かりやすく書かれている内容があります。

根深い劣等感があると真の自信を持つことは出来なく、卑屈さから恨みが増幅します。
気づいてないことが、どんどん妄想を現実にして地獄を生み撒き散らしていきます。
誰にも起こり得る、少しの"魔"の扉…地獄の三千世界は果てしないです。

京セラの稲盛和夫さんは、人に罪を作らせないシステムに心を配りました。
それだけ人は魔に落ちやすいことをご存知ゆえのご慈愛です。

人は自分の感覚を基準に相手もそうだろうと勝手に推し量り、間違えます。
想像力の欠如。これは怠惰。
相手を知り想像力を働かせることは慈愛。
日本人は特にその傾向が強いです。
それって精神年齢が低いのと同じ…
相手を知ることで自分を守る、神道で重要視する情報戦は基本中の基本。

ローマ法王がセウォル号沈没事故に対して深い哀悼の辞を送りましたが、同時にあまりにひどい状況に「韓国国民がこのセウォル号の悲劇を道徳的(倫理的)、霊的(精神的)に生まれ変わるための機会としてとらえることを望む」と発言しました。

日本には昔から「背中を見て学ぶ」という言葉があります。
日本人は朝鮮人たちに、こうした態度で接したのではないでしょうか。
しかしそれは大きな勘違いでした。
橋を架ける技術よりももっと大切な「モラル」…最も大切な「礼節」を教えることを失念してしまったとしか考えられません。

併合前の韓国…朝鮮はずっと中国の属国で李王朝が誕生した時は宗主国であった明の元号を使っており…属国であると彼ら自身が認めている文献はいくらでもあります。
併合当時に朝鮮人の文盲率は90%超えていたと言われます。
日本政府が36年間で建てた国公立学校の総数は5千近く、師範学校、帝国大学まで作りました。
禿山に植林し、荒地を開墾し灌漑を施し、ダムを作り、鉄道網の整備、電気事業を施工し、産業を工業国に変え…朝鮮人が望んだわけではありません。
こういうのを「余計なお節介」「要らぬお世話」と言います。

民族の文化や風習を破壊...
身分制度が厳しく奴隷が約3割
女性は名前は無く
戸籍を整備し人身売買も禁止
儒教思想のため「働くこと」を忌み嫌っていました。
「凌遅刑」の廃止…生きた人間の肉を少しずつ切り取り長時間にわたって苦しみを与えながら殺していくなど、これ以外にも文字にするにも憚られるような残虐な殺し方がありました。
人の排泄物を薬用として利用する民間療法は併合後に姿を消しました。

日本人の価値観で良かれと思って変えてしまったことですが、恩ではなく仇で返す霊性に一刻も早く気づくべきでした。

戦後、一部の朝鮮人たちが半島にいた日本人に対して行った鬼畜の如き所業ー殺人、強姦、暴行、略奪ーそれはもう言語に絶する残虐なものでした。
特に多くの婦女子に対して行ったむごたらしい仕打ちを、私はとても冷静に書くことは出来ません。
凄まじい暴力の数々は長らく歴史のタブーとして公に語られることはありませんでした。しかしそれらの記録は歴然と残っています。

-今こそ韓国に謝ろう 百田尚樹

私たちは自分たちの基準で推し量る思考に気づき改める必要があります。
朝鮮人が抱く日本人への恨みは、根拠のないものであっても、彼らには事実なのです。
これは双方の罪になります。
真実よりも思念する現実が事実として走ります。
過ちを増幅させた罪は無知から…無知は知ろうとする努力を怠ったこと。
彼らの思考は全く異質なのです。

百田尚樹さんの著書「カエルの楽園」と合わせて日本人必読の書と思います。

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慧眼です。
私たちは相手をよく知る必要があります。
平和ボケは罪です。
日本の危機はもう始まっていることにさえ鈍感では、国を残せません。
知ることが意識を変え、波動を変えます。

斎藤一人さんも平和ボケを警告してます。

いつ日本はチベットのようになってもオカシクナイのです。
洗国は進行中です。
そして私たちも傍観者であったように、誰も助けてはくれないのです。





これら因果の理由

国の災害と慶事は、
私たちの善行や悪行に感応して起こるのです。


ですから、私たちがみな善行をなせば風雨は季節にしたがい、悪行が多いときは穀物が実ることがありません。

このことはお経のなかに
明らかに説かれていることです。



「空海 人生の言葉」より


意識は結界を張ります。
貴重な波動が細胞レベルに、働きます。
ご自分と土地を国家を護るために

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by serene44 | 2017-09-24 10:02 | 終活 | Comments(0)

記憶にいつまでも残るのは薄れていく視覚情報ではなく、声などの聴覚情報ではないでしょうか?

私たちの記憶は言葉によりつくられています。
そして言葉は振動波、想いは波動であり粒子でもあることが証明されています。
何故なら全ての存在は空間により成り立っているという存在の不可思議さに行き着くから。
ロジカルに理解しても、ちょっと混乱するような事実ですね。実体が無いなんて。

私たちは今在る人も亡くなった人も記憶の中では等しく思い浮かべます。
後に続く人に残していけるのは、言葉と行動の記憶ではないでしょうか?
その生き様です。

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昭和63年の昭和天皇の御製

先に生きている人のことを先生といいます。それは年齢ではなくスピリットだと思います。
勇気を与えるような、誇りに思うような生き様を見せてくれる人は尊いです。

今から72年前、干支が6回りの酉年の9月は様々なことが起こりました。
9/17-18に西日本を襲った枕崎台風は死者・行方不明者3,756人、全半壊家屋88,037戸。
その後も大災害が続きます。
翌年には中部地方から九州までの広範囲をマグニチュード8.1の南海地震。
その翌年には台風、その翌年には福井地震と災害は次々と襲いました。

1946年の2月から先帝陛下の地方巡幸が始まりました。
1954年の北海道まで総行程3万3千キロ。
終戦は国際的には9/2ですが8/15は終戦を知らされた日です。

「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」の玉音放送の御言葉の意味をあまり知らないでいると思います。
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堪え難きを堪え、は投獄や処刑のことです。忍び難きを忍び、は精神的苦痛のこと。
これは遺書でした。

私たちは多くのことを正しく知りません。
知らないのではなく、知ろうとしてない。
怠惰であり、無慈悲であり、不敬不遜につながります。

日本は「和」の国であり「大和」の国である。
ただし、和といっても今の平和主義者のように、何も考えずに平和を唱えるものではない。どちらかといえばむしろ、戦争が起こるケースを想定したうえでの「和」である。
ここでもっとも重要になるのが情報収集だ。
審神にしても同じで、膨大な諸神の情報をもとに判断を下すのである。
情報収集のあとは情報分析をして、そして外交への戦いに移るが、このときは敵の情報を混乱させるため、偽情報を流したり情報操作を行ったりもする。
このあたりの感覚は、日露戦争以後、日本から失われてしまった部分だ。

ー正統竹内文書の謎

平和ボケは罪です。
誇りを持ち、闘わずして敗北を悟らせる気概は結界になります。

行動は深層意識からの力強い意志に支えられます。
言語エネルギーを周波数として発振する試みをした結果、人体や自然環境を変容させる結果が得られたことにより、脳波学の権威である教授と七沢賢治氏が実用研究と普及活動を進められてます。

言霊(言語エネルギー)を意図的に活用するなら、天地自然と感応して現実を創造できる。
すなわち脳の高次機能の活用。
オカルトではない、全くロジカルな仕組みなのです。

聖徳太子様がつくられた大祓詞の完全な文体こそが霊力があります。
削除されている箇所、エグいです。
しかしそこが重要。
最近の様々な社会問題、ヒアリ等の害虫の問題などもここにあります。
正式な大祓詞が特別な周波数で入った動画です。
天地自然が調和の方向に変容します。
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by serene44 | 2017-09-17 22:25 | 終活 | Comments(0)

人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つのコトバによって生きるものである
ーマタイによる福音書4章4節

人体という蓄電池は、食物のみでなく、宇宙エネルギーの波動によって維持されている。
すなわち、不可視の生命力が延髄の門を通って人体に流れ込んでいるのである。
この延髄の中枢は、脊髄に沿って位置する五つのチャクラの上にある第六番目の中枢である。
この延髄中枢は、人体に宇宙生命力が流入する正門で、眉間の第三の目にあるキリスト意識の中枢と対極の関係にある。
宇宙エネルギーは脳の中にある第七番目の中枢に蓄えられる。

「あなたがたは知らないのか。自分のからだはその内にある、神から受けた聖霊の宮であって、自分自身のものではないのである」コリント人の第一の手紙6章19節

私たちは殆ど多くのことを知らない。
しかし聖者らの言葉によって意識は拡大します。
限定された狭い目線から少しだけ広がりを。
本質のことを知ることは魂の喜びです。
無知は無明。恐れを生み出します。

アレキサンダーの質問に対しての行者の問答
「野獣の中で最も賢いものは?」
「それは、人間にまだ知られていないもの」(人間は未知のものを恐れるから)

未知は妄想を生み出します。
しかし叡智は理屈で得られません。
ラヒリ・マハサヤが弟子に言われたことに
「英知は、いにしえの啓示を、ただ読むだけではなく真に悟ることによって得られるものだ。
無益な思索によらず、神との霊交によって解決するよう努めなさい。
人間は、自分の身のまわりに悩みや問題をつくり出す天才で飽くことを知らないが、神もまた飽くことを知らない無限の救済者なのだ」

私たちは生きている限り霊性の向上に努めるのが、自身のみならず他にも寄与することになる生きる意味です。
私たちが知らずとも、至高の存在たちは見守り愛を注がれています。
気づかないのは限定された狭い意識だから感謝薄く感受性も貧しく。

ラヒリ・マハサヤとは、至高なる者の座にありながら、一市井人として倹約と質素を旨とし、模範的な現世生活を送られ、階級制度を打破しようと勇敢に努力された聖者です。
「いつかこの世のすべてを残して急に旅立たなければならない日が来ることを覚悟して、今から神と親交を結んでおきなさい」大師は弟子に言われた。
「毎日、聖なる知覚を養う瞑想の気球に乗って、やがて来る死の幽界旅行に対する準備をしておきなさい。
あなたがたは、マーヤの幻覚のために、自分を肉や骨のかたまりだと思っているが、肉体はせいぜい苦悩の巣窟でしかない。
真の自分は、いかなる不幸にも襲われることのない無限の存在であることを速やかに悟るために、たゆまず瞑想しなさい」

大師はご自分の肉体に弟子たちの悪いカルマを負われた。しばらくして肉体の衣を脱がれた。
『旅に出るには、口実が必要なのだ』

『悲しむことはない。わたしはまた復活する』
大師は火葬にされた肉体の分解された原子を使って新しくからだをつくった。
『この世の世帯持ちとしてのわたしの仕事は終わった。だがわたしはこの地上から完全に去るわけではない。これからもしばらくは、ときにはヒマラヤで、ときには宇宙で、ババジといっしょに過ごすことになるだろう』
ーあるヨギの自叙伝

私たちはこの世で自分の為すべき使命に沿って人生を送るときに生命は輝きます。
死を覚悟して生きるとき、自ずと使命が見えてくるのではないでしょうか。
不要なものに気づき、シンプルになる。

インド人は臨終正念(死ぬまぎわにうろたえないで正しい心を持ち続けること)ということを大切な心がけとしているので、死ぬ前に自分の死期を知ることを非常に望ましいことと思っている。
死ぬ時の瞬間の想念が、来世の運命の決定に重大な関係をもっていると考えるからである。
死期はまた次のような凶兆でもって占い知ることもできる、と言われる。
1.耳をふさいだ時に自分の身中の音が聞こえない
2.ふとしたはずみに先祖の姿が見えたりする
3.ふとしたはずみに天界の光景が見えたり、まわりの景色が逆さまに見えたりする
ーヨーガ・スートラ

意識の偏在性
万物の内に偏在する聖なる意識ーキリスト意識について説明されると、大師は突然喘ぎ出して鋭い叫び声をあげられた。
「わたしは今、日本の近海で、おおぜいの人のからだの中に居て溺れて死のうとしている!」
翌朝、弟子たちは新聞で、前日日本海近海で船が沈没し多くの死者が出たことを知った。
ラヒリ・マハサヤの弟子たちはみな、大師がたえず自分のそばに居て自分を見守ってくれているのを感ずる、と述懐している。
「わたしはお前たちの悟りが深まる度合いに応じて、お前たちを宇宙のふるさとに導いて行こう」
ーあるヨギの自叙伝

これ以上の愛があるでしょうか?

私たちは自分を限定して、可能性を閉じ込めています。
意識は知ることで拡大し、内側で感応して実感しパワフルになります。
感受性が認知を拡大します。

世の中は洗脳に満ちています。
外から与えられた知識ではなく、内側で認識できる英知を求めることで、人生はクリアになっていきます。

尊い魂の方が創るものには、その光が偏在します。
今の日本に必要な波動…体感してください。

【大坂 AUSAKA】

御身に日本の災厄をお受けになっている方。

尊い波動が結界となり、土地を護ると思います。

このような方が存在する奇跡は神縁です。

幸福を選択されますよう。

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感情は蓋をするのではなく慈しんで。

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by serene44 | 2017-09-10 02:13 | 終活 | Comments(0)

大切な人を護りたいですよね。
生きてる間はもちろん、死後も見守りたいと願うのは普通の感情だと思います。
そして、亡くなった方はずっと見守ってくれてるんだ…と思ってます。

しかしながら、生きてる今現在さえも果たして大切な人を護れているのでしょうか?
自分さえ救えてなくないでしょうか?
救済される側の人間が、誰かを助けるなんて普通に考えても難しいと思います。
助けてると思っててもそれは自分のエゴを押し付けてるだけの表面的なもので、実際は魂の救済にはなってないかもしれません。

森園みるくさんの漫画ですが、とても興味深いです。
リンクのブログを読んでみると、偶然と思えない数々の不思議な出来事に、護られていることが感じられます。
運命を知りながら受け入れていた村崎さん、魂が迷うことなく、大切な人を護りたい想いが伝わります。
彼は西洋魔術など精神世界にも明るく、生の昏い部分から目を逸らさず直視させてくれるような執筆活動をしていました。

電子書籍でしか読めないですが、オススメです。登録は簡単だし、読むと物語から受け取るメッセージ等いろいろな気づきがあると思います。
運命は突然のようにやってきますが、必ず兆候があります。

「観の目強く、見の目弱く」
宮本武蔵

心の目で観ることを殆ど忘れています。
視力にばかり頼っていては間違いやすいです。
視覚と聴覚は間違いやすい。
触覚が一番間違いにくい。体感するように観る。

「死ねばいいのに」京極夏彦(漫画の追悼文を書いてた作家さん)
衝撃のタイトルですが、シニカルな哲学書のようでいて、コミカルな心理学書のような、軽妙なテンポで深くえぐられていく展開に引き込まれます。
痛快な会話から、本心が炙り出されてきながらも、自分の醜さを観ないまま自分に言い訳を探すような心理は誰のうちにもありながら観たくない。
愛の無さにも気づかない。誰もが彼女に無関心だった事実。
死ねばいいのに、ですが、残念ながら死んでも変わらない。
今が変わるチャンス満載なんです。

死んで大切な人を護りたいなら、尚更です。
人は間違いますが、生きてる限りリスタート出来ます。

幽霊は肉体を持たない人にすぎない。
特別な力など持っていない。
ただ、感情をいろいろ抱えていて、それをほかの人々に投影する傾向がある。
彼らは私たちを直接傷つけることはできない。触れるための肉体を持ってないからだ。
そういう道に迷った人々に対しては思いやりをもち、功徳を施してやらねばならない。

知恵はずっと私たちのもとにある。
あいにく、たいていの人はそれをつかえないでいる。
自分の現実を変え、自分の生きる世界を変えるために、何かができる。
悟りはその解決法だ。
ーボブ・フィックス

「人生とは、神の戯曲だ。あなたのおこないは、すべて神に導かれている。神には計画があり、あなたはその一部なのだ。この神の計画における自分の役割を見つけなさい。そうすれば無限に気づき、生けるマスターとなるだろう!」
サナート・クマラ

「日本人は、世界でも特異だ。
日本に送られた魂は、特別なDNAのコードをもっている。」
「日本の真の資質(ギフト)は、神道だ!神道の儀式には、物理の全法則が秘められている。神道ほど宇宙の神々を認識している伝承は、地球上にはない。
あなたがたが神と呼んでいるものは、じつは自然の理法だということを理解してほしい。
神道の儀式を復活させれば、この宇宙のバランスが回復する。」
ーボブ・フィックス

悟りは特別なものではありません。
ハートで生きること。
より、人間らしく調和して生きること。
能力は霊格に比例しません。
霊能力があるから霊格が高い?とは限りません。

宇宙人も技術が高いだけです。
ETについて質問されたマハリシの答えは「宇宙船で移動していたのなら、それは惑星間のトラック運転手だ。真に悟った存在は宇宙船を必要としないし、自らの高次の意識を使って、どこへでも自分の体で空中を移動できる」

私たちの知覚は制限を取り払えば無限ですが、変化への恐れがあることに気づいてません。
潜在意識を変え、顕在意識での努力を並行して行うのが効率的です。
サナトクマラの波動。呼び醒ます音源です。

「露と置き露と消えぬるわが身かな
浪華のことは夢のまた夢」
秀吉の辞世の句

辞世の句を今詠むとしたら、どのようになるでしょう?

豊富 TOYOTOMI

真に愛に生きてるでしょうか?

豊かさの波動、ハートで感じてください。


「毎瞬々々、今を楽しんでいて、そうして明日死が訪れたら、きっとわたしは死をも楽しむでしょう!」
ノーベル文学賞詩人ラビンラナート・タゴール

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淡々と営みを育む植物。
私たちは本来ある調和に還ること。
バランスを崩してる存在でいては魂を傷つけます。

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by serene44 | 2017-09-02 12:39 | 終活 | Comments(0)